ほんとうのインクルーシブ、インクルージョンとは?
生活クラブ生協の職員と生活者ネットワークの代理人を対象に、2023年度から年4回開催する「市民主体の自治する社会(まち)づくり」研修があり、これまで何度か参加してきました。テーマは 「ワーカーズ・コレクティブとその経営 ~労働者協同組合による地域
(まち)づくりの可能性~」、「日本型排外主義をめぐる問題」等々。専門の講師からお話を聞いた後はグループに分かれ、生活クラブ運動としてできること、個人でもできることなど、ざっくばらんに意見交換します。
3月のテーマは「インクルーシブな社会を創る ~教育分野から見た日本の社会~」。インクルーシブ(=社会的包摂)という言葉を耳にすることが多くなってきましたが、これが社会に根付くまでには道半ばです。インクルーシブ教育について、当事者に寄り添う活動を続けている一木玲子さん(東洋大学人間科学総合研究所客員研究員)のお話を伺いました。
日本の教育制度の規定では「インクルーシブ教育システムにおいては、同じ場でともに学ぶことを追求するとともに、個別の教育的ニーズのある幼児児童生徒に対して、(中略)小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意しておくことが必要である。」となっています。
これではインクルーシブ教育とは真逆の分離教育です。2022年、国連障害者権利委員会から中止勧告を受けています。
障がいがあるから通常学級では大変、かわいそう、と勝手な“善意”による“あなたのため”“良かれと思って”、と当事者の自己決定、選択権を奪うパターナリズム(温情主義、父権主義、保護主義)による親、専門家、国による差別です。
大阪府豊中市では50年前から、校区の子どもは校区で育てるという考えのもと、「ともに学び、ともに育つ」インクルーシブ教育が実践されています。子どもは支援級に在籍はしているけれど、通常級で毎日過ごし、支援級担任は必要な時に教室に入って手伝います。これこそが「合理的配慮」です。困った時には声をあげればいいんだ、とどの子も思える学校、インクルージョン(誰も排除しない、すべての子どもの権利が守られる)な社会なのです。
分離教育は分離社会のはじまりです。排除ではなく、共生が当たり前の社会に!